梶原靖元の書
梶原靖元〈書〉への序文
2026年、離岸では梶原靖元の書を初めて紹介する展覧会を開催しました。
陶芸家として知られる梶原靖元さんですが、その創作は器だけにとどまりません。長年にわたり良寛の書に私淑し、自ら詩を書き、日々筆を執り続けてきました。
本展は、そうした仕事について、一人の表現者による独立した作品として紹介する試みです。
❧
唐津の陶芸家・梶原靖元。
梶原さんのライフワークは、古唐津を超える新たな唐津のやきものを生み出すことにあると言えるでしょう。そこには、高麗・李朝や青白磁と唐津との関係、有田と唐津との関係など、歴史的に形づくられてきた価値観をあらためて問い直し、新たな歴史を築こうとする強い意志があります。
では、そのようなやきものは、どのような美意識から生まれているのでしょうか。
その鍵となるのが、良寛です。
江戸時代後期の禅僧・良寛は、非僧非俗の自由な生き方で知られています。世俗の価値観にとらわれず、人々へ温かな眼差しを向けながら仏道を歩み、清貧を貫きました。
日々の暮らしでは、飾り気のない簡素な器を用い、客を迎えた際にも、一つの碗で酒を飲み、そのまま飯や汁にも用いたという逸話が伝わっています。
良寛の自由独立の精神、飾らない心、子どものような純粋さ、そして自らに向ける厳しさ。それが最もよく表れているのが書でした。
良寛が到達した独自の書は、北大路魯山人が「良寛様」と呼んで深く敬意を寄せたように、見る者の心を自由にする力を持っています。
梶原さんは、その良寛の書に心を打たれ、それ以来、長年にわたり良寛に私淑し、臨書を続けてきました。
✑
ある時、梶原さんの窯を訪ねた際、どういう話の流れだったかは忘れましたが、「毎晩の練習です」と見せていただいた書がありました。その書を目にした瞬間、私は、梶原さんの陶芸とまったく同じ根から生まれているものだと直感しました。
そこには清らかな水のような静けさがありました。どこか少しの含羞とユーモアをたたえ、雄弁ではないけれど、静かに語りかけてくる美しさ。
これは陶芸家の手すさびではない。梶原さんという表現者の根幹そのものが現れた、独立した作品である。
そう確信し、ぜひ書の展覧会を開かせてほしいとお願いしたのです。
❧
梶原さんの陶芸を支えているものは、唐津という土地だけではありません。そのさらに深いところには、良寛と通底する精神が横たわっています。
自由を愛し、虚飾を排し、厳しくも軽やかに、人々のなかで開かれていくこと。その精神は、器にも、書にも、一貫して流れています。梶原書は余技ではなく、陶芸や詩作と同じ根を持ち、さらに言えば、ある意味では心の奥の柔らかな部分をもっともダイレクトに伝える表現にもなっているのです。
❧
作品を販売するだけでなく、まだ十分に知られていない仕事や、今の時代に伝えるべき価値を見出し、社会へ提示すること。それもギャラリーの重要な役割だと考えています。
当時、梶原さんの書は、ほとんど知られていませんでした。しかし、その仕事はきちんとしたかたちに仕立て、多くの人々に伝えるべきものだと感じました。
作品として世に送り出し、次の時代へ手渡していくこと。そのために、この展覧会を開催しました。
❧
梶原さんの書は、それ自体単独で鑑賞し得る作品です。しかし同時に、陶芸と同じ根を共有しています。
やきものに見られる簡素さ、素朴さ、揺らぎながらも何ものにも寄りかからない線。寡黙でありながら温かく、ぶっきらぼうに見えて細やかな眼差し。じっと見つめるほど、静かに語りかけてくる深い美しさ。
梶原さんのやきものを愛する方であれば、その「らしさ」を、書の線や余白、そして言葉そのものの中にも見出していただけることでしょう。
❧
陶、詩芸、絵画、書。
梶原靖元の表現の広さと射程の長さ。それはこのように書が公開された今でも、把握しきれないもののように思います。梶原作品は、ある意味では、適切な角度で光を当てないと見えづらい、「分かりづらい」美です。
しかし一度自転車の乗り方を覚えたら忘れないように、ひとたび見方を(適切な周波数を)見つけたなら、それは私たちをどこまでも遠くへ連れて行ってくれる船ともなります。
梶原さんの書を通じて、皆様の豊かな航海が始まることを、展示会の企画者として望んでいます。
-
梶原靖元
1962年伊万里生まれ。
唐津を拠点に制作。
古唐津をはじめとする古陶への深い研究をもとに、現代における唐津焼の可能性を探求している。近年は、毎年のように韓国や中国の古窯の視察研究に赴き、その成果をもとに自身の作品を深めている。
長年にわたり良寛の書に私淑し、書・詩・絵画などにも取り組む。
2026年、離岸にて初の書展を開催。
〈書作品一覧〉







・特集〈梶原靖元の書を読む〉
展示会記録
会期
2026年7月4日–26日
前後期・全作品入替