On the maker
内村慎太郎
内村慎太郎の作品は、容れ物(姿かたち)と、内容(細部のテクスチャー)を、どのように突き合わせ、どのように整合させるか、という点に、力点が置かれているように見受けられる。
粉引の滲み、貫入の表れ、土の肌理が落ち着いていた様子。そのような時代を感じるディテールを、自然なものとさせる精度の高い造形感覚。プロポーションやエッジは曖昧さを残さず、しかしやわらかく、高い緊張感を持っている。
部分と全体が、ひとつの必然として出会うこと。ただし、その完成された姿は、変化を厭う到達点ではなく、手にした後の変化を許すマージンも備わっているだろう。
山居窯の姿勢は、自然と人為という区分を解体するようにも、細部と姿形が釣り合う場所を探す試みであるようにも、見える。
有り体に言えば、かたちは古色を要請し、古色はかたちを要請する。もっといえば、かたちに必要十分なだけの時代を備えることで、はじめて全体と部分が拮抗し、より高次のものになるのだ。その均衡を作るのは、容易いことではない。
茶室のほの暗い明かりでみるとき、内村慎太郎の細部への拘泥は、茶碗が自ら見出した均衡点であるかのように、落ちついた趣きを作り出す。
いま、ここに、温められたひとつの碗がある。主客は、その単純な事実に立ち戻るだけで良いように思える。