〈野衣〉という屋号で染織家として活動されている永井泉さん。離岸で来年初春に行います。
永井さんは「和綿」を栽培し、それを手紡ぎ・手織りで反物にしています。
この稀有な手仕事、そして反物の美しさの一端を知っていただけたら幸いです。
(原料となる和綿や制作工程についての記事も、併せてお読みください。)
インタビュー編
──永井さんは大塚テキスタイルデザイン専門学校工芸染織科を卒業なさったあと、工房ゆみはまの嶋田さんという方に師事されていますね。どうしてこの工房に行かれたのでしょう?
専門学校では糸を買って制作していましたが、糸の元を知りたかったのと、布とその土地に根付いた文化との結びつきのところに関心があったんです。そうしたことを知りたくて探し求めていた先に、先生とお会いして、ここで学ばせていただきたいと思いお願いしました。
──修行時代はどんなことを学びましたか?
棉の栽培から始まり、弓浜絣のこと、技術、制作の上での心構え。全て一から学ばせていただきました。
── 永井さんは反物を制作する染織家としてご活動なさっていますが、原料となる綿花の栽培から、その工程を始めています。綿花を栽培する染織家は非常に少ないとおもいますし、手間や労力も大きいと思います。なぜ栽培からはじめるのでしょうか?
やはり何においてもそうですが、原材料の選定は重要なことと感じています。和綿の販売はほとんどないこともありますし、また制作する上でも畑から育てることが私にとっては足元を常に見れる大切な存在となっています。
──永井さんが育ているのは伯州綿と茶綿ですね。永井さんからみて、この品種の特徴や良いところはなんでしょう?
第一に伯州綿は伯州の地で育つから伯州綿の特徴が在るので、今私が育ててるのは伯州綿とは呼ぶのには躊躇があり、今私が作っている綿は「和綿」と呼んでいます。その上でですが、伯州綿自体の特徴は繊維が太く弾力があります。また初めて〈工房ゆみはま〉で目にした時は、光沢があって絹かと思うほどでした。美しい綿です。
──永井さんは10年ほど長野で伯州綿を栽培していますが、綿花の栽培自体大変なのに、それを比較的寒冷な長野でやるとなると、さらにいろいろな困難があったのではないでしょうか?(注:綿花は高温多雨な熱帯、亜熱帯が適しているとされる。)
今のお家は田畑をするのにお家を探していた際にたまたま紹介してもらいました。今住んでいるところは標高約800メートルあり棉栽培には正直向いていない土地です。
長野に来てからはもう12年ほど経ちますが、棉がしっかり育ち収穫もできるようになったのはほんとこの数年のことです。それまでは種を繋ぐのに精一杯くらいの棉の収穫量しか無く、収穫までいかなかった年も何年もありました。そんな状況だったので長野には住めないかもしれないと移住もずっと考えていました。なのでこの数年の収穫量は夢のようです。
── 和綿の栽培はどんなスケジュールなのでしょう?
GW頃に種蒔きをして、ここ信州では9月半ば頃から収穫が始まり、12月まで収穫しています。
──収穫量の多寡や綿花の段階での選別はあるのでしょうか?
自然相手のことですから安定ということはないです。白い棉でも部分的に茶色く色づいてしまうのはあるので、それは収穫した後、別に分けて使っています。
── そもそも和綿の自給率は0%と伺いました。和綿の良さは永井さんのものを見て、よくわかりましたが、和綿の反物に対するお客様の反応はどんなものでしょう?永井さんの作品で初めて和綿の反物にふれる人もいるのではないでしょうか?
私もそうでしたが、和綿の存在自体をご存じない方もまだまだ多いかと思います。またひとくちに和綿といっても、土地土地で育てられてきた品種の違うものが多数あります。
栽培している綿をお見せしたり説明すると、ご興味をもってくださる方もいらして、和綿を知るきっかけとなることができて嬉しく思います。
── 反物をつくる過程で、どこが一番ポイントになるのでしょうか?
ポイント、一番ということはなくて、どの作業も気が抜けません。
── 糸紡ぎが作家としての生命線ということですが、永井さんの理想とする糸とは?
目的に合った糸を紡ぐようにしています。例えばショールのような首に撒くものでしたら柔らかい軽いものがいいかなとか、反対に反物でしたらある程度強度もないといけないですし。
手のものなので、なかなか形にするのは難しいのですが、毎回、頭と手で答え合わせをしながら作業しています。
── 糸は一反分でどれくらい必要なのですか?
糸は一反あたり約1キロです。糸紡ぎの時間は経緯両方ですと、1ヶ月くらいかかってしまいます。もっと早く紡げたらいいのですが。
──糸紡ぎだけでも大変ですね。けれど本当に永井さんの糸は美しくて、、、。ぜひ多くの人に見てもらいたいですね。 染色は、どのような材料を、どのように調達していますか?
染料は身の回りで手に入るものは採取して、手に入らないものは染料屋さんで購入しています。
── 一反につき、だいたい平均で何回くらい染めますか?
染色は一日あたり1回、もしくは2回重ねるので、時間的にもいっぱいです。染めたい色、デザインによって変わってきますが、一色につき大体五回くらいは染め重ねているでしょうか。
濃い色などの時は十何回と染め重ねることもあります。
──ぬばたまのように濃い藍色に染めるとなると最大何回くらい染めますか?
染める藍甕の様子によっても違うので何ともいえませんが、新しく建てた藍でも二十回前後染め重ねます。
── 永井さんの工房にはたくさんの機織り機がありますが、使い分けたり、それぞれの特徴があったりするのでしょうか?
今は主に山陰の弓浜の機を使用しています。弓浜の機はかっちりしすぎていないところが好きです。自由が利くといいますか、織っていると機と常に対話してる気がします。
─一着尺を一反織るのに必要な時間はどれくらいなのでしょう?織るときに気をつけていることなどありますか?
大体2か月~3か月かかります。
反物ですと約13mと長さがあるので、全体を通して同じでないといけないので、織ってる期間は手の感覚といいますか、その時々で変わらないように集中しています。
でもそれは糸づくりや他の作業でも言えることではあります。
─一綿の着物の最盛期は江戸時代で、そのころは複数人で作業を分担して行っていたと思います。永井さんは糸を紡ぐ以前に、原料の栽培から行っていて、一反の織物の作成にとてつもない時間と労力がかかっていると思います。
なにがモチベーションになっていますか?
一言でいうなら好きだから、でしょうか。
─一将来的には分業できたらいい、などと考えたりしますか?
そうですね、同じような仕事をする仲間が近くにいたらいいなとはいつも思っています。
─一反物の色、柄、文様などはどういう考えで選んだりしますか?
お客様の好みであったり、その方を想像してだったり、決まった方がいない時でも着た姿を想像しながら選択しています。
─一今後特に取り組みたい反物のデザインや技法はありますか?
沢山あります(笑)その中でも絣はいつもしたいと思っています。
─一最後に、この記事で和綿の、永井さんの反物に興味を持った方に向けて、木綿の着物のいいところや永井さんが和綿の着物で好きなところ、着用シーズンや普段のお手入れなどに関するアドバイスなど、和綿着物ライフを送るうえで参考になることを教えて頂けると幸いです。
木綿は洗濯もご自宅でできますので、お気軽に着ていただけます。
洗濯の際は中性洗剤で押し洗いをし、脱水も軽くしてください。
シーズンとしては春、秋、冬を通して着ていただけます。
和綿は空気を沢山含んでいるので温かく、特に冬にその温かさは感じていただけるかと思います。
木綿は私たちには馴染の深い繊維ではありますが、現代普段触れているその綿は外国のものがほとんどです。和綿という名前も最近では知られるようになってはきましたが、具体的なことは未だ知られていないように思います。
私事ですが、初めて和綿の手で紡がれた着物を羽織った時の感動が忘れられなくて。和綿で、手紡ぎで作っていこうと決心した瞬間でした。
その感動が強く残っていて、沢山の方に味わっていただきたい、知っていただきたくて、今も和綿で、手紡ぎで織り続けています。
手に触れるだけでなく、もし気になってくださったら羽織って身体全体で感じていただけたら幸いです。
(⇡筆者のカメラバッグに興味を持つ猫。)
(⇡工房兼住居の障子の破れはかわいく繕われている。)
動画編
永井さんの染織の仕事の一部を動画にしました。
補遺:
綿の着物はカジュアルなものに分類されるので、現代における着物の分類、格付けから言えば、茶事茶会にはふさわしいとは言い難いものです。
しかし〈和綿x手紡ぎx手織り〉という綿の着物の素性の良さ、にじみ出る気品は、格式のある茶事にもふさわしい品格を備えていると思います。もちろん茶事茶会は一人でやるものではないですし、現代の「常識」もあります。
けれど、特に男性で、紬も認められるような機会では、茶事茶会に永井さんの和棉手紡ぎ手織りの着物は、すごくかっこいいと思います。(そのあたりは僕の実践レポートをいつかお届けしようと思います!)
…
僕にとっては、永井さんの着物にふさわしい茶(道具組含めて)が出来たとき、それは自分の理想とする茶のあり様に近づいているといえるのかもしれません。そんな指針にもなる着物なのでした。
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